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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2850号 判決 1994年7月18日

原告

高橋タカ

ほか二名

被告

日動火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告日動火災海上保険株式会社は、原告高橋タカに対し二〇万三五二四円、原告斎藤幸子及び同高橋秀俊に対し各一〇万一七六二円及び右各金員に対する昭和六三年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告稲嶺厚光は、原告高橋タカに対し一四五一万七五三〇円、原告斎藤幸子及び同高橋秀俊に対し各一〇七五万八七六五円及び右各金員に対する昭和六一年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告日動火災海上保険株式会社に対する主位的請求及び同被告に対する予備的請求のうちのその余の請求並びに被告稲嶺厚光に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を日動火災海上保険株式会社の、その六を被告稲嶺厚光の、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は第一項、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  主位的申立

被告らは、連帯して、原告高橋タカに対し一六〇〇万円、原告斎藤幸子及び同高橋秀俊に対し各一一五〇万円及び右各金員に対する昭和六一年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的申立(被告日動火災海上保険株式会社に対して)

被告日動火災海上保険株式会社は、原告高橋タカに対し六〇万円、原告斎藤幸子及び同高橋秀俊に対し各三〇万円及び右各金員に対する昭和六一年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実等

1  昭和六一年四月一一日午前四時二五分ころ、被告稲嶺厚光(以下「被告稲嶺」という。)の乗車していた普通乗用自動車(川崎三三さ七一一五。運転者は小川秀憲(以下「小川」という。)である。以下「加害車」という。)が神奈川県川崎市川崎区元木二丁目三番一八号先国道一五号線下り線路上を走行していたところ、同所交差点手前において赤信号に従つて停車中の高橋誠(大正一四年三月一日生、六一歳。以下「誠」という。)の運転する普通貨物自動車(従前の車両番号、品川四五も二六三五。以下「被害車」という。)に後方から追突した(以下「本件交通事故」という。)。

2  右追突の衝撃によつて、被害車は前方に一三・八メートル押し出されたほか、加害車については、フロントフエンダーが運転席ドアーの付け根付近から左右に凹凸し、その先端がフロントバンパーの先端から三七センチメートル食い込み、ボンネツトが前方から上方に圧縮し、屋根状に押し上げられる等の損傷が生じ、被害車については、後部のバツクドアー、リアバンパー、テールランプが破損したほか、運転座席が車内中央寄りに四センチメートル傾いた上、左前部がコンソールボツクスに接触し、右前部が浮き上がる等の損傷が生じた(いずれも弁論の全趣旨により原本の存在並びに成立が認められる甲第五ないし第一二及び第二四号証)。

3  被告稲嶺及び小川は、本件交通事故直後、同区元木二丁目四番六号財形元木マンシヨン前歩道上等において、誠に対してその顔面を殴り、コンクリート外壁に同人の頭部を打ちつけ、仰向けに倒れ込んだ誠の顔面を靴ばきの足で数回蹴る等の暴行(以下「本件暴行」という。)を加え、よつて誠に顔面全般にわたる挫創を伴う擦過打撲傷、上顎左第一及び第二門歯、上顎右犬歯の歯槽からの脱落、口腔粘膜挫創を伴う上顎骨骨折等の傷害を負わせた(前示第八ないし第一二号証及び第二四号証)。

傷害を負つた誠は、同市川崎区元木三丁目七番二号所在の医療法人社団慶友会経営の第一病院(以下「第一病院」という。)に搬送されて治療を受けたが、同月一三日午前六時五二分ころ死亡した(弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第一三号証)。

4  誠の死亡時における身体状況については、外表所見として顔面ほとんど全般にわたる擦過打撲傷、左上眼瞼、人中部挫創、内景所見として上顎左第一及び右第二門歯、上顎右犬歯等の歯槽からの脱落(外傷性脱臼)及び口腔粘膜挫創を伴う上顎骨骨折等極めて重篤な顔面部外傷が認められ、頭部内景においては大脳左半球全般を被う硬膜下腔には軽微な出血が認められ、咽喉頭部、気管支内には一部軟凝血化した暗赤色流動性血液多量が閉塞状を呈して吸引されており、両肺には出血巣状を呈する血液吸引像が認められ、特に声門部には軟凝血がかん入した吸引像が存し、さらには食道、胃内にも血液の嚥下像所見等が認められたことから、誠は、右顔面部外傷による顔面部の重圧によつて前記のような口腔内損傷が惹起され、経過中発熱(解剖着手時直腸温摂氏三九・〇度)、硬膜下出血等の全身的侵襲が除々に加わり、損傷部から口腔内に流出した血液を口腔外に排出することができなくなり、気道内に吸引し、窒息死に至つたものと推定される(誠の解剖所見。弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第一九号証)。

5  原告高橋タカ(以下「原告タカ」という。)は誠の妻、原告斎藤幸子(以下「原告幸子」という。)及び同高橋秀俊(以下「原告秀俊」という。)は誠の子であるから、誠の被つた損害を、原告タカは二分の一、原告幸子及び同秀俊は四分の一宛相続した(その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証)。

6  被告稲嶺及び小川は、原告らに対し、慰謝料及び損害賠償の一部として三〇〇万円を支払い(当事者間に争いがない。)、原告タカが一五〇万円、原告幸子及び同秀俊が各七五万円宛受領した(弁論の全趣旨)。

7  被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動」という。)は、被告稲嶺との間で加害車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた保険会社である(当事者間に争いがない。)。

二  争点

(原告らの主張)

原告らは、

1 被告稲嶺に対しては、誠の死亡が本件交通事故による傷害(頭部打撲、頸椎捻挫、腰椎打撲。以下「本件交通事故傷害」という。)のほか、本件暴行による顔面部外傷等に起因するものである旨主張し、民法七〇九条及び七一九条に基づき、誠及び原告らが被つた損害(逸失利益一四二七万四五二八円、葬儀費用一〇〇万円、慰謝料二一〇〇万円、弁護士費用三〇〇万円の合計三九二七万四五二八円の内金三九〇〇万円。)の賠償を請求する。

2 被告日動に対しては、主位的に、誠の死亡は本件交通事故傷害にも起因している旨主張して前記記載の損害額相当の三九〇〇万円の死亡保険金の支払を、予備的には、本件交通事故傷害の存在を主張して一二〇万円(入院雑費三日分として四二〇〇円、入院付添費三日分として一万三五〇〇円、休業損害九〇日分として八一万一四七九円、傷害慰謝料六六万円、弁護士費用一五万五〇〇〇円の合計一六四万四一七九円のうちの一二〇万円)の傷害保険金の支払を各自賠法一六条に基づいて求めている。

(被告らの主張)

1 被告稲嶺は、誠の死亡は第一病院における治療が不適切であつたことによるものであるとして誠の死亡と本件交通事故及び本件暴行との因果関係がない旨主張する。

2 被告日動は、本件交通事故傷害の存在を争い、仮にそれが認められるとしても、誠の死亡との間には因果関係がない旨主張する。

したがつて、主たる争点は、誠の死亡による損害額、交通事故による誠の傷害の有無、程度、そして交通事故と死亡との因果関係、それが認められないとした場合の傷害による損害額である。

第三当裁判所の判断

一  被告稲嶺に対する請求について

1  誠の死因については、前記認定のとおり、重篤な顔面部外傷による顔面部重圧によつて口腔内損傷が惹起され、経過中発熱、硬膜下出血等の全身的侵襲が徐々に加わつたために、誠は損傷部から口腔内に流出した血液を口腔外に排出することができなくなつて気道内に吸引し、窒息死に至つたものと認められるところ、誠の窒息死の原因となつた顔面部の重篤な外傷は、本件暴行によつて生じたものと推認することができるから、誠の死亡の原因とした原告らに対する損害賠償責任が、本件暴行の主体の一人である被告稲嶺に存することはいうまでもない。

2  被告稲嶺は、誠の死亡が第一病院における不適切な治療に起因する旨主張するが、第一病院における治療の不備の存在について具体的な主張、立証がないこと、誠の窒息死をもたらした前記重篤な顔面部の外傷が本件暴行によつて生じたものであることからすると、仮に第一病院の治療に不備があつたとしても、本件暴行と誠の死亡との相当因果関係が否定されるものではなく、被告稲嶺の主張は失当である。

よつて、被告稲嶺は、原告らが被つた全ての損害について賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 逸失利益(請求額一四二七万四五二八円) 一四〇三万五〇六一円

誠は死亡した当時六一歳(大正一四年三月一日生)の男子であり、新国劇の舞台俳優又は自動車運転手として稼働していた者(原告幸子尋問の結果)であるから、平均余命一八年の二分の一に当たる九年間(満七〇歳まで)は稼働可能であり、賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・年齢別(六〇歳ないし六四歳)の平均年収額三二九万一〇〇〇円を下らない年収を得ていたものと推認することができるから、右金額を基礎に生活費控除を四割(被扶養者は原告タカのみと認められる。原告幸子尋問の結果)としてライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して同人の死亡時における逸失利益の現価を算定すると、次のとおり一四〇三万五〇六一円となる。

三二九万一〇〇〇円×(一-〇・四)×七・一〇七八=一四〇三万五〇六一円(円未満切捨て)

(二) 原告らの慰謝料(請求額は認定額と同じ) 各七〇〇万円

本件交通事故及び本件暴行の態様、誠の受傷部位、死亡に至る経過等を総合考慮すれば、誠の死亡による原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては原告各自に対し七〇〇万円とするのが相当である。

(三) 葬儀費用(請求額は認定額と同じ) 一〇〇万円

誠の葬儀費用としては一〇〇万円とするのが相当であるところ、これを原告タカが負担したことが認められる(弁論の全趣旨)。

(四) 損害の填補

原告タカの損害合計は、誠の逸失利益の二分の一である七〇一万七五三〇円と慰謝料、葬儀費用を加えると一五〇一万七五三〇円となり、原告幸子及び同秀俊の損害合計は誠の逸失利益の四分の一である三五〇万八七六五円と慰謝料を加えるとそれぞれ一〇五〇万八七六五円となる。

そして、被告稲嶺が小川とともに原告らに対して慰謝料及び損害賠償の一部として支払つた金員をそれぞれ控除すると、原告タカの損害額は、一三五一万七五三〇円、原告幸子及び同秀俊の損害額は各九七五万八七六五円となる。

(五) 弁護士費用(請求額は認定額と同じ) 各一〇〇万円

被告稲嶺に対する請求について相当な弁護士費用としては、原告ら各自についてそれぞれ一〇〇万円とするのが相当である。

4  まとめ

以上によると、被告稲嶺は、原告タカに対して一四五一万七五三〇円、原告幸子及び原告秀俊に対して各一〇七五万八七六五円及びこれらに対する不法行為の日である昭和六一年四月一四日から支払済みまでの年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  被告日動に対する請求について

1  本件交通事故傷害の存在及び程度について

(一) 前記本件交通事故の態様並びに本件交通事故による加害車及び被害車の各破損状況が相当ひどいものである(前記第二の一2)ほか、本件交通事故の衝撃によつて小川は数分ほどの間意識が朦朧としており(前示甲第一一号証)、眠つていた被告稲嶺は衝突によつて右後頭部をフロントガラスにぶつけて目が覚めたこと(前示甲第一〇号証)からすると、本件交通事故の衝撃の程度はかなりの強さであつたと考えられる。また、車両の追突事故によつて被追突車に乗車していた者は、一般に座席の背中部分から背部や腰部に圧迫を受けるほか、座席から前方にしなる頭部が車体内部にぶつかつたり、後方及び前方に振られたりすることから頭部や頸椎部に圧迫や負担が生じたりするために、頭部や頸椎部、腰部等に打撲や捻挫等の損傷を受ける可能性が高い。

したがつて、誠の身体、特に頭部、頸椎部、腰部等には何らかの損傷が生じたものと推認することが合理的である。

(二) 他方、本件事故直後に誠は自分で運転席から降りて被害車の助手席の外側に来た被告稲嶺に向かつて歩いて近づいていつたこと、誠の顔等には傷はなく、血が出ている様子もなかつたこと(前示甲第一〇号証)に照らしてみると、誠が傷害を負つたとしても、その程度はさほど重いものではなかつたものと推認できる。

(三) ところで、日本交通医療協議会に対する鑑定嘱託の結果によれば、誠が本件交通事故によつて受けたと推定される傷害は、頭部打撲、頸椎捻挫、腰部打撲(以下「頭部打撲等」という。)が考えられ、その程度は、打撲部、疼痛部の湿布、安静、鎮痛剤の投与によつて治癒まで二週間程度であるとしているところ、前示事故態様等にかんがみれば、右鑑定嘱託の結果は相当なものということができ、誠は、治癒までに二週間程度を要する頭部打撲等の傷害を受けたものと認めるのが相当である。

なお、甲第一九号証(捜査段階における死体の鑑定書)には、「損傷は、顔面に限局し、転倒等の自為的行為、交通事故の車両による損傷は全く否定される」との記載があるが、それは右鑑定が、本件暴行と死亡との因果関係を調べる目的でなされ、死体に存する外見上明らかな損傷の有無をみているだけで、それによつてむち打ち症の有無、交通事故によつて生じたと認められる頭部打撲等の有無が判明するものとも思われず、前記認定を妨げるものではない。

2  本件交通事故と誠の死亡との因果関係について

前記認定のとおり、誠の死亡を惹起したのは顔面部の重篤な外傷であるところ、これが本件交通事故によつて生じたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、本件交通事故と誠の死亡との間には因果関係は認められない。

3  損害額の算定

本件交通事故によつて、誠は、上記のとおり治癒までに二週間程度を要する頭部打撲等の傷害を受けたものと認められるところ、誠が現実に被つた損害は以下のとおりであると認められる。

(一) 入院雑費(請求額四二〇〇円)

誠は本件交通事故及び本件暴行のあつた昭和六一年四月一一日から死亡した同月一三日までの三日間入院治療を受けたが(原告幸子本人尋問の結果)、本件交通事故による前記傷害の内容及び必要な処置内容からすると、右傷害に対する治療のために入院が必要であつたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、右入院期間中は専ら本件暴行による傷害のための治療を受けていたことが認められ、右入院は本件交通事故と相当因果関係はない。

(二) 入院付添費(請求額一万三五〇〇円) 〇円

前項で述べたのと同様の理由で入院付添費は認められない。

(三) 休業損害(請求額八一万一四七九円) 二万七〇四九円

前記認定のとおり、本件交通事故による傷害は二週間程度の治療期間を要するものであるところ、誠が入院していた三日間については、右傷害と本件暴行による傷害が併存していた状態にあつたものと考えることができるから、いずれにせよ、右三日間につき本件交通事故による傷害によつて誠は休業を余儀なくされたものとも認められる。

そこで前記認定のとおり、誠が本件交通事故当時得ていたと推認される年収をもとに算定すると、誠が本件交通事故後死亡に至るまでの三日間の得べかりし利益は二万七〇四九円である。

三二九万一〇〇〇円÷三六五×三=二万七〇四九円

これに対し、原告らは、鑑定嘱託の結果を根拠に、頸椎捻挫のために誠に平衡障害、自律神経障害が残存する場合には右障害が除去されるまで最低三か月を要するから、休業期間を九〇日とすべきである旨主張するが、休業損害とは傷害の治療等のため稼働することができない結果収入を失つたことによる損害を指すものであるところ、誠が現実に休業を余儀なくされたのは三日間であることからすると、原告らの右主張は採用できない。

(四) 傷害慰謝料(請求額六六万円) 三〇万円

前記認定のとおり、誠は本件交通事故によつて、治癒するまでに二週間程度を要する頭部打撲等の傷害を負つたものであるが、このような受傷の内容、程度のほか、本件交通事故の態様、誠の年齢、その他弁論に顕れた諸事情を考慮すると、本件交通事故により誠が受けた精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料は三〇万円と認めるのが相当である。

(五) 小計

右によれば、誠の損害額は合計三二万七〇四九円であるから、原告らの各自の損害額は、原告タカが一六万三五二四円、原告幸子及び同秀俊が各八万一七六二円となる。

(六) 弁護士費用(請求額一五万五〇〇〇円) 合計八万円

本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額として、原告タカについて四万円、原告幸子及び同秀俊について各二万円を認めるのが相当である。

4  まとめ

以上によると、被告日動は、傷害保険金として、原告タカに対して二〇万三五二四円、原告幸子及び同秀俊に対して各一〇万一七六二円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月一五日(自賠法一六条の被害者請求権は、不法行為による損害賠償請求権とは別個の性質のものであるから、遅延損害金は請求時から発生する。)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第三結論

以上のとおり、原告らの請求は、主文に記載した限度で理由があるからこれを認容する。

(裁判官 南敏文 大工強 渡邉和義)

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